モデル契約書とは|経産省・特許庁版の選び方と実務での使い方

この記事は、ネクストイノベーションベース編集部の花田 海が書きました。

「公的なモデル契約書を使えば、早く合意できる」。そう考えて社名と日付だけを入れ替えると、締結後にずれが出ます。モデルが想定する取引と、自社案件の作業・費用・知的財産・終了条件が同じとは限らないからです。

モデル契約書とは、想定事例に沿って契約条項と交渉論点を示す参照資料です。そのまま署名する完成品ではありません。条文より先に前提事例を読み、自社案件との差を質問へ変えて使います。

この記事では、特許庁・経済産業省版のうち新素材編が扱う4つの契約、モデル契約書の使い方、法務へ渡す条件、大企業とスタートアップの交渉で外せない視点を解説します。

モデル契約書とは|条文例と交渉論点を示す参照資料

モデル契約書とは、一定の取引場面を仮定し、契約条項の例と、条項を置く理由や交渉時の考え方を示す参照資料です。個別企業間の条件を確定する文書ではありません。

読む順番は、条文より事例が先です。どのような当事者が、何を持ち寄り、何を目指す場面なのかを確認します。ここが自社案件と違えば、必要な修正も変わります。

特許庁と経済産業省は、研究開発型スタートアップと事業会社の連携を想定した「オープンイノベーション促進のためのモデル契約書」を公開しています。経済産業省は2025年4月25日に、ver2.2とグロース戦略のポイントをまとめたパンフレットを公表しました。

公的機関の資料であっても、掲載条項が自社案件へ自動で適合するわけではありません。交渉相手へ押しつける「正解」ではなく、両社が議論すべき論点を同じ文書へ出すために使います。

経産省・特許庁版モデル契約書の新素材編が扱う4つの契約

秘密情報を交換する段階なのに共同研究開発契約まで詰めようとすると、まだ決められない条件が積み上がります。反対に、NDAだけでPoCへ進めば、作業や費用が空白になります。

特許庁・経済産業省のモデル契約書ver2.2は、新素材編で秘密保持、PoC、共同研究開発、ライセンスの4契約を段階別に示しています。AI編の4つ目はライセンス契約ではなく利用契約です。

連携の段階

参照する契約

先に整理する中心論点

未公開情報を交換する

秘密保持契約

利用目的、秘密情報、開示先、管理、返却・削除

限定した検証を行う

PoC契約

検証範囲、作業分担、費用、成果物、データ、中止

技術を共同で研究・開発する

共同研究開発契約

各社の役割、既存知財、新しい成果、出願、利用

技術や知的財産の利用を認める

ライセンス契約

対象権利、利用範囲、対価、再許諾、終了後の扱い

4つは、同じ契約の長さ違いではありません。NDAを結んだだけでPoCの作業を始めれば、誰が何を作り、費用を負担し、検証結果を使えるかが決まらないまま残ります。PoC契約のまま商用提供へ進めば、顧客への提供、保守、利用許諾、責任分担が追いつきません。

連携の進行に合わせて契約を分け、前段階で得た事実を次へ渡します。今決めることと、次の判断条件を分けるのがポイントです。

モデル契約書の使い方|条文を写す前に案件との差を出す

モデル契約書は、案件の現在地を決め、前提事例を読み、自社案件の事実を書き出してから使います。条文のコピーから始めません。

1. 連携の現在地を一文で書く

「A社の技術を当社工場で検証する」のように、誰が、何を使い、何を確かめるかを書きます。情報交換だけか、作業・費用が発生するか、事業化後の利用まで決めるかで、参照する契約は変わります。

2. モデル契約書の想定事例を先に読む

当事者の規模、保有技術、連携目的、交渉上の立場を確認します。自社案件と同じ点、違う点をそれぞれ列挙してください。

3. 契約書にする前の事実を一枚へまとめる

作業、担当者、費用、持ち込む技術・データ、検証で生まれる成果、利用範囲、終了時の処理を書きます。未決事項には「誰が、いつ決めるか」を添えます。

4. モデル・自社ひな形・相手案を論点単位で比べる

条番号ではなく、秘密情報、成果、利用許諾、費用、再委託、問題発生時の対応、終了条件ごとに並べます。相手案から消えている条項も、見るべき違いの一つです。

以下は、PoCを想定した仮想例です。案件との差をどう質問へ変えるかを並べています。

論点

モデルを読む際の前提

仮想案件との差分

法務へ渡す質問

作業範囲

限定した条件で何を検証するか

顧客環境への設置と追加改修も求められる

追加改修をPoCに含めるか。追加対価とするか

持込資産と成果

契約前の技術と検証中の成果をどう区別するか

既存ソフトウェアを改修し、分析結果も作る

改修部分と分析結果をどう特定し、利用を認めるか

終了後の利用

期間満了後に何を返却・削除・継続利用するか

検証結果を社内判断に使い続けたい

継続利用する情報、期間、目的をどう定めるか

5. 修正理由を事業の言葉で残す

「モデルと違うから戻す」では交渉になりません。「既存顧客への保守を続けるため、終了後も一定範囲の利用が必要」のように、実際の行為で説明します。

6. 締結後の担当者が守れるかを確かめる

営業、開発、情報システム、経理など実際に動く担当者が、報告期限、保存先、承認手続き、成果物の形式を運用できるか確認します。最終文言は法務・弁護士へ渡し、決定事項は実行責任者へ戻してください。

モデル契約書を法務へ渡す前に整理したい条件

法務へ「標準的な条文でお願いします」と渡しても、誰がどの作業をするかは現場にしか分かりません。法的評価の前に、案件の事実をそろえます。

確認項目

事業担当者が書く内容

空欄のまま進めたときの問題

当事者

契約主体、実行主体、親子会社・委託先の関与

情報共有先や義務を負う会社がずれる

目的・範囲

今回確かめること、対象外の作業

検討が本開発や商用提供へ広がる

役割・日程

各社の作業、提供物、責任者、承認日

相手が行うと思っていた作業が残る

費用

対価、実費、追加作業、請求条件

無償範囲と追加費用の境目が消える

持込資産

既存技術、ソフトウェア、データ、資料、名称

新しい成果との区別がつかない

新しい成果

発明、試作品、分析結果、改良、報告書

帰属と利用範囲の交渉が後回しになる

利用範囲

検証内、社内、顧客提供、地域、期間、再許諾

想定外の利用、または事業化停止が起きる

情報管理

開示方法、閲覧者、保存先、再委託、削除

契約と現場の共有方法がずれる

変更・終了

変更権限、中止条件、終了後に残すもの

撤退時にデータ・成果・顧客対応が残る

各項目へ、決定済み、相手と未合意、社内未決の区分を付けます。未合意と社内未決を混ぜると、相手が書いてきた文言がそのまま通ってしまいます。

モデル契約書で見る大企業とスタートアップの契約交渉

形式上は双方に同じ義務でも、実行に必要な人員や費用が違えば、負担は同じではありません。大企業とスタートアップの契約では、義務の向きだけでなく実態を見ます。

公正取引委員会と経済産業省は2022年3月31日、「スタートアップとの事業連携及びスタートアップへの出資に関する指針」を策定し、2026年2月19日に改正しました。NDA、PoC、共同研究開発、ライセンスなどの問題事例と考え方を整理しています。

既存知財と新しい成果を混ぜない

契約前から持つ技術、ノウハウ、データと、共同作業で生まれた成果を分けます。帰属を決める前に、何が既存で何が新規かを一覧にします。

権利の帰属と利用を分ける

権利を持つことと、事業で使えることは同じではありません。欲しいのが権利の名義か、顧客へ提供できる権限かを分けてください。

作業と対価の境目を言葉にする

打ち合わせ、環境構築、データ加工、追加開発、報告書まで「PoCへの協力」に含めると、負担の境目が消えます。何が無償で、どこから追加対価が必要かを分けます。

終了条件を失敗時だけで考えない

検証結果が良くても、予算や社内体制で次へ進まない場合があります。中止、期間満了、次段階への移行を分け、データ、試作品、成果、費用、秘密情報をどう扱うか決めます。

モデル契約書で起きやすい読み違い

社名と日付だけを置き換える

想定事例と実案件が違えば、役割、成果、利用範囲がずれます。条文を直す前に、自社案件と異なる前提へ印を付けてください。

公的資料を交渉の正解にする

公的機関が公開した文書でも、相手へそのまま受け入れさせる根拠にはなりません。モデルの目的は論点を共有することであり、個別事情を消すことではありません。

知的財産の帰属だけを先に決める

「自社帰属」「共同保有」と先に決めにかかると、話が抽象的になります。成果の種類、作成者、事業化する主体、必要な利用範囲を出してから検討します。

署名を終点にする

実務担当者が条項を知らなければ運用は変わりません。共有できる人、保存先、承認が要る行為、報告日、終了時の処理を抜き出し、担当者と期限を決めます。

モデル契約書に関するよくある質問

Q. 経産省・特許庁のモデル契約書をそのまま使えますか

初稿を検討する参照資料にはなりますが、そのまま署名する前提では扱いません。想定事例と自社案件を比べ、当事者、目的、役割、費用、持込資産、新しい成果、利用範囲、終了条件を反映します。

Q. モデル契約書を使えば弁護士への相談は不要ですか

不要にはなりません。モデル契約書は論点を拾い、質問を具体化する資料です。知的財産、データ利用、責任、競業に関する制約など、事業への影響が大きい条件は、個別事情を示して法務・弁護士へ確認します。

まとめ|モデル文言より案件の事実を先に置く

モデル契約書を使う要点は、条文を写すことではありません。モデルが想定する事例と自社案件の差を見つけ、修正理由を事業の言葉で説明することです。

現在の連携が秘密保持、PoC、共同研究開発、ライセンスのどこにあるかを決めてください。次に、当事者、目的、役割、費用、持込資産、新しい成果、利用範囲、情報管理、変更・終了を一枚へ出します。

モデル、自社ひな形、相手案を論点単位で比べ、差がどの行為と負担へ影響するかを書きます。締結前は法務・弁護士へ、締結後は実行担当者へ渡してください。そこまで進めて、モデル契約書は現場で機能します。

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