リビングラボとは|生活者と共創する実証の場のつくり方

この記事は、ネクストイノベーションベース編集部の花田 海が書きました。

リビングラボを会議室だけで設計すると、生活の中にある摩擦を見落とします。サービス案を見せれば「便利そうです」と言われても、実際の場へ持ち込むと、手がふさがっている、家族で使う端末が違う、現場の運用とぶつかる、といった摩擦が起きることもあるからです。

その摩擦を見つけて採点してもらうだけでは、共創になりません。生活者と事業側が、課題の捉え方と次に変える内容へ繰り返し関わる形をつくり、その運営まで含めて設計します。

リビングラボとは、生活者を共創者に迎え、実生活の環境で試作・検証・改善を反復するオープンイノベーションの運営方法です。 この記事では、PoCやワークショップと何が違うのかを整理したうえで、生活者と何を共同で決め、何を変えられない条件として先に伝えるのかを、対話イベントで終わらせないための運営として組み立てます。

リビングラボとは|実生活の環境で共創を反復する

European Network of Living Labs(ENoLL)の公開定義では、リビングラボを、実生活の地域・環境で研究とイノベーションを統合する、利用者中心のオープンイノベーション・エコシステムと説明しています。体系的な利用者共創を基盤とし、生活者は完成品の評価対象に限らず、価値を共同でつくる当事者です。

専用の施設があるかどうかは、判定の条件になりません。店舗、住宅、オフィス、公共空間など、対象者の行動と周囲の制約が現れる環境が、ここでいう「生活の場」です。

企画段階では、次の4点を確認します。生活者が共創へ参加できる設計になっているかを見るための観点です。

  • 実生活の文脈が入る:普段の行動、設備、時間帯、周囲の人との関係が試行条件に含まれている
  • 生活者が判断に関わる:感想を伝えるだけでなく、課題、試作品、評価、改善の少なくとも一部を共同で決める
  • 結果が次の変更へ戻る:一度の催しで閉じず、分かったことを受けて問い、試作品、運用のいずれかを変える
  • 参加者へ結果を返す:採否だけでなく、観察した事実、変更した内容、次に確かめることを共有する

少人数から得た内容を、市場全体の需要へそのまま広げることはできません。リビングラボは、生活の条件を見つけ、案を更新するための運営です。市場の規模や、どれくらいの人が選ぶのかを測る調査とは、役割を分けます。

リビングラボとPoC・実証実験・ワークショップの違い

リビングラボ、PoC、実証実験、ワークショップ、エスノグラフィーは、どれか一つを選ぶ工程ではありません。同じ企画の中で組み合わせられます。中心となる問い、生活者の関与、試行後に残すものを基準に使い分けます。

リビングラボ

中心となる問いは、「生活の場で何が起き、生活者と何を変えるか」です。生活者は課題の意味づけや試作品の変更に関わり、試行後には変更内容と次の問いを残します。実生活での反復と、生活者の共同決定が主題です。

PoC・実証実験

PoCは構想や技術の成立条件、実証実験は実利用に近い環境での成立条件を確かめる場面で使われます。参加者が製品を試しても、課題の立て方や改善まで一緒に決めるとは限りません。

実証計画、安全管理、判定、受け入れ部署への引き渡しは実証実験側の設計として扱い、リビングラボでは生活者との共同決定に焦点を当てます。

ワークショップ

ワークショップの中心は、対話や共同作業によって理解や案を生むことです。そこで生まれた案を生活の場で試し、結果を受けて変更するところまで同じ運営に含めれば、リビングラボの一局面になります。アイデア出しで終わる場合は、ワークショップとして閉じます。

エスノグラフィー

エスノグラフィーは、現場の行動を環境、道具、人間関係とともに理解する調査です。観察した人が課題の意味づけや試作品の変更にも継続して加わる場合、リビングラボの活動と接続します。

リビングラボの運営主体と参加者|26件の事例研究から考える

Leminen・Westerlund・Nyström(2012年)は、4カ国26件のリビングラボを分析し、主導主体に応じて4類型に整理しました。この研究が示したのは、誰が主導しているかによる分け方です。生活者と共同で決める範囲までが、この分け方で決まるわけではありません。

実務では、誰が目的を置き、誰が人や費用を出し、誰が成果を使うのかを確かめる手掛かりになります。

企業が主導する案件では、製品や事業の仮説が出発点になりやすくなります。行政などが場を整える案件では、地域や公共の課題が起点です。大学や開発組織が主導する場合と、利用者の共同体が主導する場合でも、議題と成果の持ち主は同じではありません。

名称だけを合わせる前に、誰が問いを置き、誰が変更を決めるのかを確かめます。

BtoB案件では、生活者と企業内の導入関係者を一括りにしません。日常で使う人、現場を運営する人、予算を持つ人、購買・情報セキュリティ・法務の確認を担う人、続行・終了を決める人を分けてください。

全員を毎回集める必要はありません。ただし、生活者が変更案を支持しても、企業内の導入条件を確かめていなければ、導入決定の根拠にはなりません。

リビングラボで生活者と共同で決める5つのこと

リビングラボの設計では、事業側が決めること、生活者と共同で決めること、変更できない条件を、参加者募集より先に分けます。「自由に提案してください」と伝えながら、製品も運用も変えられない状態では、参加者へ誤った期待を与えます。

1.課題を捉え直す

事業側は、対象とする生活場面と今回の目的を示します。生活者には、実際の行動、現在の代替手段、避けたい変化を聞き、最初に持ち込んだ課題文を共同で書き換えます。

2.試作品の変更範囲を開示する

法令、安全、既存設備との接続、予算上限など、今回変えられない条件を先に伝えます。そのうえで、利用手順、画面、提供時間、案内方法など、参加者の意見で変えられる範囲をはっきり示します。

3.生活の文脈で試す

発言だけでなく、どこで止まったか、誰に助けを求めたか、既存の行動へ戻ったかを記録します。撮影、録音、行動ログ、個人情報、安全管理は、取得範囲と停止責任者を関係部署と確認します。

4.観察と解釈を分ける

「操作が止まった」は観察した事実です。「説明が分かりにくいから止まった」は解釈です。生活者にも解釈を返し、別の理由がないか、変更案が生活に合うかを確かめます。

5.次の変更を決め、結果を返す

事業側の責任者が続行、修正、終了を決めます。参加者には、採用した意見だけでなく、採用しなかった理由、変えた内容、次に確かめることを返します。

リビングラボ共創範囲シート

社内稟議や参加者募集の前に、次の6項目を一枚へ書きます。埋まらなければ、会場や日程の確保より先に関係者と条件を詰めます。

  • 扱う生活場面:誰が、いつ、どこで、どの行動をしているか
  • 今回決めたいこと:試行後に続行、修正、終了のどれを誰が判断するか
  • 共同で変える範囲:課題、試作品、利用手順、評価、次の変更のうち、生活者と決めるもの
  • 変更できない条件:法令、安全、契約、設備、予算など、今回固定するもの
  • 残す記録:観察した事実、参加者の解釈、事業側の解釈、変更した判断
  • 参加者へ返す内容:採否の理由、変更点、未確認事項、次回の予定

リビングラボの成果を参加人数ではなく判断の変化で残す

リビングラボの成果は、参加人数やアイデア数ではありません。生活者の関与によって、課題、仕様、運用条件、次の試行のどれが変わったかです。活動量と判断材料を分けておけば、好意的な感想だけを需要や導入の見込みの証拠にしてしまう事態を避けられます。

記録は、観察した事実、参加者の言葉、事業側の解釈、変更した判断に分けます。たとえば「利用者が既存手順へ戻った」という事実と、「新しい手順が面倒だった」という解釈は別です。参加者に解釈を確かめ、どの生活条件で起きたかを添えてから、仕様や運用を変えます。

売上、継続利用、作業時間などの指標を置く場合も、対象者、試行した環境、期間を併記します。限られた場で見つけた成立条件は、別の顧客層や現場で改めて確かめます。

リビングラボが対話イベントで終わる4つの原因

場を用意しても、生活者の声を受けて誰が何を変えるかが決まっていなければ、活動は意見交換で止まります。施設の規模や参加人数より、共同決定と結果返却の空欄を確認します。

1.場所から企画を始める

使える施設を起点にテーマを探すと、その場でなければ得られない学びが曖昧になります。先に対象者の日常、確かめる問い、共同で変える範囲を書き、必要な場を後から選びます。

2.結論が先に決まっている

導入する製品が決まっているのに自由な意見を募ると、共創ではなく受容確認になります。製品を変えられないなら、運用のどこを共同で変えられるかを狭く示してください。何も変えられない場合は、利用者テストなど目的に合う名称を使います。

3.一回のワークショップで完了する

案を出して報告書をつくるだけでは、実生活での試行も変更もありません。どの案を、誰の日常で試し、結果を受けて誰が何を変えるかまで同じ企画に入れます。

4.参加者へ結果を返さない

意見を集めた後の採否や変更が見えなければ、生活者は共同決定に参加できません。結果を返すことは、事業側の解釈を当事者が訂正し、次の試行条件を整える工程でもあります。

まとめ|リビングラボは生活者の関与範囲からつくる

リビングラボは、生活者を評価対象にとどめず、実生活の環境で課題と変更を共同で扱う運営です。

始める前に、誰の日常を扱うのか、生活者と何を変えるのか、何を変えられないのか、結果をどう返すのかを書きます。自社に当事者や現場との接点がない場合も、会いたい相手の属性だけでなく、経験している行動、現場で担う役割、共同で決めたい範囲まで整理してください。

最初の作業は、リビングラボ共創範囲シートの6項目を一枚へ書き出すことです。空欄があれば、参加者募集より先に、共同で決められる範囲を社内で確定します。


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